新宿の小田急線南口からJRの西口に抜けるエルミロードの隙間の通り沿いに、ガラスで仕切られた小さなラジオのスタジオがあったのは昔のことなのかしら。通りすがりにちらりと見ると、収録中の有名人がガラスの向こうにいるファンに手を振ったりしてて、単なるラジオならパジャマでもバレないけど(そんな人はいない)こうしてファンサービス込みだと魅せる努力もいるんだなあなんて思ってた。
その時代から考えると、芸能人でも無いのにライブやトークを映像付きで生放送できるなんて大変なことだと思う。ましてや大人数で締め切った空間に集まってはいけないというこのご時世に、物理的な距離を超えてみんなで同じ時間を過ごせるなんて素晴らしい。そんなイベントになるはずだったんだけど、金曜夜のyoutubeサーバーの混雑っぷりを甘くみてた。本当に残念でならない。幸い、ホームビデオでの撮影を並行していたので、リアルタイムにはならないけれど全貌はみんなに見てもらえることとなった(リンクは前出の記事)。
企画段階で、本の紹介をしながらそれぞれのシーンに合う楽曲を演奏すると聞き、どんな選曲になるんだろうと楽しみにしていた。結果、セトリは「あの時ほどじゃない」「水上の光」「黄金色のススキ」「つつじ」「僥倖」そして本の最後にある「セイムオールドサードプレイス」。赤澤マスターの楽曲の中でも「生々しい系」の歌たち。
以前の弾き語りで椎名林檎の「歌舞伎町の女王」を紹介した時、「彼女が九十九里出身じゃなく、この歌が完全なる想像力で作られたと知って一気にファンになった」と話していた赤澤マスター。そんな彼の「20年後8月3日送電線の下で」という曲は、少年時代バッテリーを組んでいた親友との固い約束がテーマの情景溢れる歌だけど、本人は野球部に所属してたことはなく完全なる想像の世界で、よくもまあそんなにありありと細部に渡って創作できるなあと感心することしきり。他にも「係長高橋」とか「富田純子を想う」とかの「妄想系」の歌たちは、それぞれの独自なフォーカスポイントと唯一無二の表現が秀悦なんだけど、「生々しい系」の放つ攻撃力はやはり強い。
本自体に書いてあるのは事実を下敷きにしてる物語で、それに体温を持たせるために楽曲を添えて紹介したのが今回の企画。アマゾンのレビューにもあったけど、この本をきっかけに赤澤マスターが自分の言葉で発したブログなり記事なりを読もうと思ってくれたら素敵なことだし、さらにカフェラボに行って会話をしてみたいと思ってくれたらなお嬉しい。もちろん珈琲文明でコーヒー飲みたいなと思ってくれたらとても素晴らしい。
出版社さんはそれとなく限りなく「出版記念パーティしましょうよ」的雰囲気を醸し出していたそうだけど、いわゆるよくある普通の、ホテルとかのバンケットで偉い人のスピーチが続いて集まった人の間で名刺が飛び交うようなやつはイマイチぴんと来なかったという赤澤マスター。ジングルまで自作で、生演奏を交えてのラジオ番組風なオンライン出版パーティだなんてこと、他の誰にもできることじゃない。自分の中にある最強カードを知っていること、ベストな使い方を考案できること、実践すること。これができる人だけが今のこの厳しい状況の中で生き残っていけるのだと思う。(坂本 知香)